ゲームをやめたい人の為の単純な方法論について

為になる雑記

記事執筆のきっかけ

ゲームがあんまりにも楽しいので、ブログにゲームの面白さを書いちゃいました(てへぺろ)という人が時たまいらっしゃるが、私がゲームについて語ろうと思った理由はゲームが楽しいからではない。

私はゲームを辞めたいと思っている。

私にとってゲームは、単なる退屈しのぎではなかった。ゲームに人生を救われたことが何度かあったわけだし、ゲームにも感謝はしている。

しかし、私はそろそろゲームから離れるべきなんじゃないかと考え始めた。これは何から何まで面倒を見てくれた親から離れ、自立するということに似ていて、

絶縁とか手切れとかいった、悪い別れではない。ただ私にとってもう必要ないんじゃないかと思っているわけだ。

しかしながらゲームは私を離してくれない。暇な時は、時間を潰せる何か良いゲームがあるんじゃないかとGoogle Playを探してしまうし、ついつい昔やっていたゲームをやっていたフリーゲームをまた始めてしまう。

おそらくこのままだと、ゲームから逃れることは出来ない。

私は覚えている。一年間ほどゲームから離れていた時。家に帰る途中のバスに乗っていて、ふと顔を上げた。

前に座っていたサラリーマン風のおじさんがスマホを横持ちにして、よく分からないソシャゲをしている姿が目に入った。何をしていたのかは忘れてしまった。ただその時思ったのは、

「何が楽しくてこの人は生きているんだろうか?」

だったし、

「こんな大人には絶対になりたくない」

とも思った。

だからこそ、いつの日か私は、本気でゲームに向き合う必要があるなと考えていた。本気でゲームに向き合って、一体ゲームのどの部分が私を惹きつけているのかをきちんと調べあげる必要がある。

私はこの考えを2年前から持っていて、色々な人に「なぜゲームが楽しいのか」を聞いて回った。そして、どうしたらゲームをやめられるのか、どうしたらゲームにはまった人がその地獄から抜け出せるのか、具体的な方法を探っていた。

しかしどうやら、ゲーム卒業というのは一筋縄ではいかないようで、

ゲームには、タバコのような、「あなた、肺がんでいつか死にますよ」みたいな死に直結する脅威はない。

数十年ゲームを続けていた人にあなたは中毒ですよと言っても、楽しいからいいと返ってきてしまうのが現実であった。

私の最終的な目的は、自分自身のゲーム卒業もそうなのだが、私のようにゲームにはまってしまう人を減らすということで、より直接的には、自分の子供たちにゲーム中毒になってほしくないということであった。

それにはまず私がゲームを深く知っていなければならないと思った。虎穴に入らずんば虎児を得ず。最初に、なぜ人はゲームをプレイするのかを調べることにした。

色々な方法論を考えたが、事前研究として、色々なゲームジャンルを取り上げ、なぜそのゲームがプレイされるのかをあぶり出してみた。

そしてそこから、例えばあるゲームはプレイしていて達成感が得られるからプレイされているのだと気付ければ、他に達成感を得られるもの、社会人なら仕事、学生ならバイト、もっとちびっ子なら習い事、で置き換えることが出来ると分かるだろうし、

もしゲームの主人公に自己投影したいのなら、小説や映画でいいのではないかといった具合に、ゲームに代わる代替策を考え続けていくことで、ゲームを必要としなくなるのではないかと私は考えている。(上に出したのはあくまでも例にすぎない)

世の中には二種類の人間しかいない。

ゲームをする人とゲームをやめさせようとする人だ。

私はそのどちらでもない。むしろその中立である。

私はゲームはあまり良いものではないと考えていながらも、ゲームを続けているし、ゲームの面白さも知っている。

ゲームに対する意見は対極の立場で書かれることが多い。

ゲームの悪い部分は、ゲームをやめさせようという趣旨とセットで書かれることが多いし(そういった人達は得てしてゲームとは無縁だったりする)、ゲームの楽しい点と問われれば、ゲーマーからの視点が多い。

しかし本当に必要なのは中立の意見である。なぜなら、「なぜゲームが楽しいのか」と調べる人は、「ゲームに触れたことがない」か、「ゲームをやめたいと考えて思考に沈んでいる」かのどちらかであるからだ。

ゲームは楽しいということを調べて、「ゲームって楽しいね!」と肯定する記事は誰も求めていない。

「ゲームが楽しい」と調べる人は、「ゲームをやめるには」と調べる人と実は同義である。

それが私であり、そして、Googleを漂う人にも通ずることなのだ。

ゲームジャンルごとのプレイ理由

ここから具体的に話を進めていくが、いくつか参考にさせて貰ったブログ記事などがある。この記事では人の行動理由を以下の6つに大別している。

  • 充実思考
  • 関係思考
  • 訓練思考
  • 自尊思考
  • 実用思考
  • 報酬思考

この記事自体が元々、 市川伸一著『学ぶ意欲の心理学』を参考にしていて、内容は、

人が学ぶ際の6つの学習動機が、ゲームをプレイする理由と一致しているのではないかということである。ある程度の信用性はあり、網羅性もあるので先人の成果物をお借りすることにした。

ただよくよく考えみると、ゲームをプレイする理由はこの6つに留まらないと分かった為、やはり詳しい考察が必要になるだろう。

以下、あるゲームジャンルについて、そのゲームがプレイされる理由を上の6つの要素を踏まえながら考えてみたい。

MMORPG

MMOとはなんぞ?という人の為のウィキペディアの引用↓


MMORPGMassively Multiplayer Online Role-Playing Game、マッシブリー・マルチプレイヤー・オンライン・ロール・プレイング・ゲーム)とは、「大規模多人数同時参加型オンラインRPG」のことである。オンラインゲームの一種でコンピューターRPGをモチーフとしたものを指す。MORPGとの違いは同項目を参照。

https://ja.wikipedia.org/wiki/MMORPG

つまりドラクエやFFみたいなRPGをオンラインでプレイ出来るようにしたゲームのことだ。(ちなみにドラクエもFFも未プレイ)

MMORPGは従来のロールプレイングゲームの遊び方も兼ね備え、かつ、オンラインゲームにはオフラインにはない魅力もあるため、今回最初のジャンルとして選ばせてもらった。自分がプレイしていたゲームジャンルだからという理由もあるが。

関係思考

MMOだけでなく、他のオンラインゲームにも共通する点として、「他人と一緒にゲームをプレイ出来る楽しさ」は人を引きつける要素として大きいものだろう。これを先人に習って「関係思考」と呼ぶ。

オンラインゲームで最も重要視されたものはクランでありフレンドであった。もちろんクランメンバーやフレンドの本名や住所、年齢は一切分からない。脆い繋がりである。

*クラン:学校に例えるとクラスの仲良しの集まり数人組。ただ規模は10~50人まで様々。

MMOでそれらの繋がりが重視されたのは、

「一人ではクリア出来ないから」だ。(というより一人だと効率が悪いから)

協力プレイ前提で考えられているオンラインゲームは一人でプレイ出来るようにゲームバランスを調整されていない。周りに同じゲームを遊んでくれる人がいないボッチは、仕方なく見知らぬ誰かと手を組まざるを得ないのだ。

だが不思議なもので、一度も顔を合わせていない仲であっても、次第に話していて楽しくなっていくものだ。

最初はクエストをクリアするため、アイテムを貰うためだけのビジネスライクな関係だったのが、いつの間にか「クラメンと話をしたいから」ゲームを起動するといった深い絆のようなものが出来てくる。

ゲームを効率よく進めるための手段としての繋がりが、ゲームを起動する、もしくは続ける目的へと変化する。

そもそもリアルが充実している人はわざわざオンラインゲームで遊ばない。リアルで上手くいかないからこそオンラインの薄っぺらい繋がりを求めるのだ。

逃避思考

上にも書いたとおり、リアルが楽しければわざわざゲームなどしなくて良い。いつでも出来るソシャゲならともかく。PCの前でわざわざ、腰を据えてプレイしなければならないオンラインゲームでは、リアルを犠牲にしなければならない。

特にRPGは素材集め、イベント集会、緊急クエストと時間に拘束される作業がなにかと多い。

リアル時間を犠牲にしてゲームにリソースを費やすということは、リアルよりもゲームの方が楽しい、充実しているということで、何かしら現実世界で問題を抱えている人が多い。だからこそゲームに「逃避」しようとするのだ。

例えばコミュ障。人と面と向かって話すのが辛い人。彼らはただ対人能力が欠如しているだけで、「人と話したい」という願望はある。それをオンラインで満たそうとするのだ。

ゲームなら共通の話題は尽きないし、趣味も合う。気分が乗らないときはログインしなければ良いし、匿名である分、リアルで話せないような深い話題も出来る。

中二病でも恋がしたいならぬ、コミュ障でも会話がしたい

現実世界で恋愛出来ないからアイドルにはまったり、2次元の女の子を愛したりするオタクとおんなじこと

報酬思考

報酬思考とは、ゲームを「何らかの成果や報酬を得るために」プレイするという考え方のこと。

ゲームの目標は達成しやすい。例えば、敵を300体倒すとか、ボスを倒すみたいな簡単な目標が多い。

なぜなら難易度が高すぎると誰もクリア出来なくなってしまうから。PS4やSTEAM(PCのゲーム販売サイト)の売り切りゲームはどれだけ難しくしようとも、金はすでに払われているのだからあまり問題はない。

例:ダークソウル(通称ダクソ)

死にゲーと呼ばれる超高難易度のアクションRPG。

しかし、基本無料のオンラインゲームだとそうはいかない。難しすぎるとプレイ人口が減り、過疎ったゲームに人は寄りつかない。

人を集め、金を集めるために、難易度を低く、より操作を簡単に、そしてよりクエストを達成しやすくする。 (ちなみにソシャゲでも同じことが言える)

プレイヤーはほんの少しの労力でクエストを達成でき、報酬を簡単に手に入れる。

だが現実はそう上手くはいかない。宿題をしても褒められることはないし(むしろしないと怒られる)、仕事で、もしくは学業でトップの成績を取るためには並外れた努力が必要になる。

そして仮に現実の問題を解決しても、自分を英雄扱いしてくれるわけでもなく、世界が救われるわけでもなく、可愛い女の子が帰りを待っているわけでもない。

たったレベルを5上げるだけで報酬が貰え、頭を使わなくても人を救え、果てには何もしなくとも自動でキャラが動いてクエストをクリアしてくれる世界を味わった人にとって、ゲームの世界と現実の世界、どちらが魅力的に映るかは明白だろう。

課題解決思考

課題解決思考とは、何らかの課題を解決するためにゲームをする、もしくは解決したときの喜びを味わうためにゲームをする考え方である。

現実世界の例に例えると、悩みに悩んだ数学の解法を思いついたときの感情を思い出すと分かりやすいだろう。問題を解こうと試行錯誤している時間そのものが楽しいと感じるかもしれない。問題が解けたときの爽快感は何にも代えがたいものである。

ゲームの共通した課題は「自分を最大限強くする」ということだろうか。ただそれほど簡単に最強装備を手に入られるわけではないから(上のゲームが簡単になったということと矛盾するかもしれない。)人は頭を使って考える。

今自分がそろえられる武器と防具の組み合わせを試したり、スキルの使い方を練習したりする。

ボーダーランズ3というゲームは装備の組み合わせは億を超える。

プレイヤーは装備を集めながら、自分だけの装備の組み合わせを見つけていく。そこに正解はない。

「ボーダーランズ3」や「ディアブロ」、少しマイナーなところだと「イニシエダンジョン」といったハックアンドスラッシュゲーム(通称ハクスラ)はこの、「課題を解決する」過程を楽しむゲームで、ストーリーよりも周回やドロップした装備を重視する。

*ボダラン、ディアブロは未プレイ。

自尊思考(もしくは誰かの役に立っていると考えること)

自尊心とは、ありのままの自分を尊重し、受け入れる感情のことで、自尊心がなさすぎるとうつ病になったり、自殺したりとあまり良いことがないため、基本的に自尊心は「良い感情」とされている。

さてこの自尊心は(恐らく)2通りの方法で形成される。

「他者から評価される」か、「自分が必要とされていると気付く」か。

特に何の取り柄もない、成績も良くない、スポーツも出来ない、実生活で上手くいっていない人はゲームの世界で他者からの評価を得ようとする。

オンラインゲームは基本的に「べた褒め」の文化で(LoL、人狼J、その他例外はいくらでもあるのだが。)、小さなことでも「おめでとー(*^_^*)」と褒めてくれる。レベルが上がった、装備が完成した、クエストをクリアした、その程度のことで祝福されるので、普段そのような経験を得られなかった人にとっては理想の世界に映るだろう。

実際にはそのような「優しい人」は無関心なだけで、無視するより持ち上げておいた方が「動かしやすい」、もしくは褒めておいて困ることはないから、適当に褒め称えているのだ。

参考:高度に洗練された「他人に興味がない人」は、優しい人と区別がつかない

(参考記事が見つからなかったので、適当に「誰にでも優しい人」とかでググって下さい)

実際のところ彼らは、ゲームのフレンドの情報は、「面白いもの見たさ」で聞くことはあるけれど、別にその人本人に興味があるわけではない。

ゲームを引退すれば関係は完全に絶たれるし、ゲームを続けているフレンドに罪悪感は抱かないだろう。逆に引退した人には 「引退装備クレクレ君」が群がり、すぐに忘れられる。

戦利品クレクレ君「ニードでロールして良いよね^^」

ハースストーンより

*ちなみにオンライン上のフレンドは架空のものという前提は最近崩れてきている。ゲームで出会った人と付き合ってます!という人を見かけてリア充爆発しろ(お幸せに!)と思った。

話が少し変わるが、ゲームでは「自分が必要とされている」と思い込みやすい。クエストは数種類あるジョブ(例えば戦士とか回復役とか)のうち、一種類のみで攻略できる難易度に設定されていない。

回復は絶対必要で、敵の攻撃を受ける盾役も必要、火力職も必要。つまり必要とされる人員が多い。そうなると結果的に自分が必要とされる機会も多くなるのである。

訓練思考

何度も練習することで自分のプレイが上手くなっていくことが楽しいという思考。ゲームはかけた時間に比例して自分のキャラが強くなり、数字として表れる。

MMORPGのプレイ理由

こうしてみていくと、MMORPG、もしくはオンラインゲームは、以下の6つのプレイ要因があると分かる。

  • 関係思考:誰かとつながりたい
  • 逃避思考:現実つらたん……
  • 報酬思考:クエストクリアで報酬ゲットだぜ!
  • 課題解決思考:最強装備作りたいんご……
  • 自尊思考:褒めてくれるし必要としてくれる
  • 訓練思考:レベル上がった自分TUEEEE!

逆にプレイ理由として「ないな」と思ったのは、「実用思考」(実生活に役立つからプレイする)。MMORPGは実生活に役立たない。

さらに上では詳しく書かなかったが、「コンプ思考(全ての装備を集めたい)」「キャラ思考(自分のキャラが可愛い!)」などもある。あんまりにも長くなりそうなので割愛したが、これらも重要な要因だろう。

プレイ理由(あらゆるジャンル)

ここから同じように別のゲームのプレイ理由を調べるのは辛いので、MMORPGのプレイ理由を参考にしよう。先程の8つをベースとして、そこに「充実思考(プレイすることそのものが楽しい)」「実用思考」の2つを加える。

さらに、プレイ理由には大きいものと小さいものがある。パズルゲームは「課題解決思考」のウェイトが大きいだろうし、ソーシャルゲームは「キャラが可愛い」というのもプレイされる理由になる。

プレイ理由として大きいものから◎、○で分けて表にまとめてみた。

ちなみにゲームの分類はこちらを参考にした。あまり正確性を求めていないので。

ACT

アクションゲームのこと。格ゲー、音ゲー、レースゲー。キャラクターを操作するゲーム全般のこと。マリオもこれに分類される。対戦ゲー、音ゲーは自分の腕前でなんとかするしかないため、練習する過程を楽しむ、もしくは練習の成果がきちんと結果に反映されるという点がプレイ動機か。

シューティング

弾幕STG、FPS、バトロワなど。相手と戦う系のゲームではあまりフレンドとの付き合いはない(あくまで持論)。どちらかというと「敵を倒した」>「脳汁あふれる」

という感覚にはまり中毒になる(=報酬思考)。さらにFPSやバトロワプレイヤーは、自分が上手くなる為には練習を欠かさない。1時間も2時間も的に打ち続けるということも出来てしまうのがこのジャンル(のプレイヤー)の恐ろしいところ。

その熱意をなぜ現実で発揮しないんだ……。

PRG

ロールプレイングゲーム。特に説明はしないが、ハクスラ(装備を整えてダンジョンに潜り、さらに装備を集めることを繰り返すゲーム)もRPGに含まれる。

SLG

シミレーションゲーム(SLG)、ストラテジーゲーム。キャラを育成するのを楽しんだり、架空の恋愛を楽しんだり、はたまたタワーディフェンスゲーム、ストラテジーゲームで敵と戦ったりと何かと広いジャンルを指す言葉。広すぎて楽しみ方は多岐に渡る。

ADV

アドベンチャーゲーム。ホラゲー含む。個人的にあまり好まないジャンル

恋愛

言わずもがな。美少女との恋愛を楽しんだり、もっと直接的なことを楽しんだり。プレイ理由は「性欲」。現実で欲求を満たせないという逃避思考もある。

パズル

古いところだとブロック崩しから、人気なところだとカードゲームまで。パズルとは謎、問題の意で、パズルゲーとはその問題を解くゲーム。つまり課題を解決するのが主たるプレイ理由であることは納得してくれるだろう。

さらにパズルによって頭が鍛えられると考える人は実用目的でプレイしていると言える。

中間まとめ

こうしてみてみると、プレイ理由を完全に網羅出来ているわけではないことがわかる。例えば「モバイル」ジャンルはスマホ一台有ればプレイ可能であるというその敷居の低さから、「暇つぶし」としてプレイされている。

そして、無理矢理言葉で説明しようとするあまり、特に「報酬思考」が指す意味が広くなりすぎて、意味が捉えづらくなってしまっているように感じる。爽快感といった概念を独立させようか、それとも報酬思考に含めてしまおうかというのも迷った。

さらにシミレーション、アドベンチャー、恋愛を語る上で外せないだろう「自己投影」や「自己実現」などの要素を考慮出来ていないのも残念だ。

ただこの表からも分かることはあり、ゲームの大きなプレイ理由は3つに絞ることが出来た。「逃避思考」「課題解決思考」「訓練思考」である。

これらの欲望を現実世界で満たすことが出来れば、晴れてゲーム卒業となるわけだ。

現実世界と欲求の関係

さて、思ったのだが、この記事、長くない?ここまで8000字近く書いていて、この調子だと追加で4000字は書かなければならないだろう。

ただ私が書きたいことは大体書き終わっていて、つまるところ、

  • ゲームをどうにかしてやめたい
  • ゲームはなぜ楽しいのかを調べれば現実のコンテンツと置き換えることが出来そう

の2つだけなのだ。ゲームを一つ一つ調べ上げるという、泥臭いが誰もやってこなかった思考の枠組みを提示出来ただけで、満足してしまっている自分がいる。

続きが見たい方はツイッターに連絡下さい……

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